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紡ぎ織る日々

暮らしに寄り添う手紡ぎ手織りの作品づくり それを支える日々の暮らしをお伝えできたらうれしいです。

2011年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年10月

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白のテキスタイル展

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岩立フォークテキスタイルミュージアムで10月1日まで開催中の 白のテキスタイル -インドの白と西アジアの服装ー へ伺いました。

驚かされるのは 幅80cm 長さ14.5mもあるのに重さがたったの200グラムしかないモスリンのターバン!
こんなに細い糸を紡ぎ 布に織りあげることができたとは信じられないような ふうわり感なのです。

残念ながら このように細い手紡ぎの木綿糸を布にするわざは 失われてしまったとのこと。
まずは 織り機にセットした手紡ぎ糸にのり付けをする職人…なんと口に含んだ糊を吹き付けて糸にのりを付けたそう!これは難しそう!…がいなくなったとのエピソードは興味深いものでした。
高度な紡ぐわざ 高度な織るわざ があっても その間をつなぐわざが消えることで 素晴らしいわざすべてが消えてしまうのですね。

それにしても、高級品は別として現代の量販されるインドの布というと太い糸でざっくり織られた布のイメージではないでしょうか。
ところが 日本や欧米の美術館の布コレクションには 高度なわざに支えられた繊細なインドの布がたくさんあります。
工業化の流れで 手作りのわざが消えていくことはよくありますから インドの場合も 同じような事情だったのだろうと なんとなく思っていました。
それが 間違っていたことに気づかされたのは この本を読んでから…

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著者の田中優子氏は「遡ればインドとペルーが地球上でもっとも早い、もっとも高度な木綿の生産地だった。」と述べています。
それが大きく変化した遠因となった出来事が17世紀半ば ベンガル(現バングラデッシュ)のダッカにイギリスの東インド会社ができたこと。
東インド会社によってインドの綿織物が大量にヨーロッパに輸出されるようになったことがイギリスの毛織物市場を圧迫し 産業革命を起こす動機になったとのこと。
まずは インドからイギリスへと多くの綿織物が流れたわけですね。
しかし、19世紀初めからはその流れが逆になります。
今度は、産業革命を経て増産されるようになったイギリスの大量生産の綿製品が 急速にインドに大量輸出されるようになりました。 
それによって、高度な技術を必要とするインドの織物…ダッカのモスリン…は壊滅。
そのほかの織物もイギリスと競合しない太い糸の紡績工場へと再編されていったとのこと。
「イギリスはこうして、紀元前から培われてきたインドの富を、100年で持ち去ったのである。ダッカを首都とする現在のバングラデッシュは、今や世界最貧国のひとつとなっている。」と田中氏は書いています。

「東インド会社」「産業革命」など世界史の時間に学んだまま頭の隅に転がっている歴史用語でしたが 
織物という身近な切り口から見ると 新たなスポットが当たったように浮かび上がってきました。

そんなときに拝見した インドの布の展示は 様々な歴史の積み重ねを語りかけてくれるようでした。

なお岩立ミュージアムでは 今回もギャラリートークで 興味深いお話をたくさん伺うことができました。
次回10月13日からの 「パッチワークとアップリケー色のかさなりー」展も楽しみです。


気が付けば 秋の空。

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リネアの影もこんなに長くなって…

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季節の移ろいを感じる一コマでした。

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